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ソーシャルネット論(SNSとSNの違い)

この文章の概要:
ウェブのサービスデザイン論。【SNS】と【SN】の違い。
mixiとGREEの比較をキャズム論と「破壊的技術」論で。
SNS・日記・ブログ・RSSリーダについて。あと理論自体の使い方について。
ブログビジネスファンドのシンジケーションパートナーである石橋氏によるエントリーです。


「ソーシャルネットワーキング(SN)」とは何か?

ソーシャルネットワーキング(SN)
人と人との「つながり」(人間関係)をデータベースに登録して
(1)可視化する、
(2)それによって情報公開のアクセス制御をする(例:日記、レビューなど)といったところまでが、ソーシャルネットワーキング(SN)の機能。さらに、ほかの機能と組み合わせることで、
(3)自分とつながっている人々の日記やブログを一括して新着チェックして読むことが出来る、
(4)日記を読んですぐコメントしたり、
(5)メッセージ(プライベートなメール機能)を送ったりすることができる、といった具合。まとめると、SNとは「実社会での人間関係を人と人のリンク構造として管理する機能」のこと。

ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)
「SNS」とは、文字通り「ソーシャルネットワーキング(SN)」という機能を使った「サービス(S)」ということ。「掲示板」を使ったサイトを「掲示板サイト」と呼ぶように、「SNは機能の名前であってサービスの名前ではない」「SNSはサービスの名前であって機能の名前ではない」ということ(と厳密にどこかで定義されているかは別として今回はこう定義して論じます)。
で、私は学者ではないので言葉の定義にこだわるつもりはない。むしろ実際に何かを企画する際に、「機能」と「サービス」を混同しないために、「SN」と「SNS」という言葉を使い分けるようにしている、ということ。

「ソーシャルネットワーキング」というのは「掲示板」「お気に入り」「買い物カゴ」みたいな、「サイトの一機能にすぎない(just another feature)」と考えるのが、新規事業/ウェブサイト/サービス企画においては有効。いち部品(サービスのコンポーネント)と考える。

(例)「SNSを作ろう。mixiやGREEに無い機能も盛り込んで。さてどうするか・・・」→×

(例)「○○のための○○を作ろう。提供サービス内容は、○○の検索サービス、ブログ、ソーシャルネット、クチコミ掲示板・・・」→○

という具合。「○○のための○○」という目的があり、その手段としてのSNであるということ。手段と目的の混同は避ける。

冒頭に書いた「もう誰も作らなくていい」の意味は、そういうことです。

並べてみると分かるでしょうか。「掲示板サイトとSNS」はどちらもサイトやサービスのこと。「掲示板とSN」はどちらも機能・部品のこと。

SNとSNSの違い
「機能」と「サービス」の違いについて、より詳しく(もう分かったという人は読まなくていいかも)。「掲示板」を例に。

「掲示板サイト」
昔は「掲示板サイト」というのがありました。2ちゃんねる(2ch)みたいなサイトが、たくさんあったんです。多くの作り手が「掲示板というコンセプト」に飛びつき(※それが安易だったといえる)、掲示板サイトは乱立しました。いまも残っている大手の掲示板サイトは、いくつありますか?

手段(=機能)と目的(=提供価値)
前述の「安易」というのは、淘汰という結果に係っている。掲示板そのものを主軸とするサービスは世の中に何個もいらないから、寡占化・淘汰が起こる。それは予測可能だったこと。これはSNなど多くの「機能」についてもいえます。

一方で「掲示板」というコンセプトは普及した。掲示板は「いち機能」として、多くのサイトに組み込まれました。

一般論としては、あくまで個々のサイトには「提供価値」という核があり、それは掲示板などの「機能」ではありません。機能は価値を提供する手段に過ぎない。掲示板というのは部品(コンポーネント)に過ぎない。

2大SNS(GREE,mixi)について

SN【S】の定義を確認
「ソーシャルネットワーキング(SN)」についていうと、その名の通り「SNS(ソーシャルネットワーキングサービス」とは、SNそのものを「サービス」として提供している。これは「掲示板サイト」と同じといえる。

現状ではすでに淘汰が終わりつつあるように思います。コンシューマ向けSNS市場はGREEとmixiによる寡占。(※で、ヤフーがいるだろ、という話になるので後述)

GREEとmixiの比較
ただ、私はmixiをSNSだと思っていません。以下、mixiとGREEの比較です。(現状の会員数の差を説明する論ではありません。サービスデザイン論です)

mixiは日記コミュニティサイトだと理解しています。そして、その点は、(当初)日記機能を持たなかったGREEとの違いです。(それが唯一の決定的な違いだとは言いません)

狙いだったのか偶然かは知りませんが、mixiの提供価値は「友人との日記によるコミュニケーション」です。それだけとは言いませんが、私はこの提供価値が最大の部分を占めると考えます。

そのうえで、「友人の日記を読む」「友人に向けて日記を書いて読んでもらう」という日常的な行為をスムーズにする仕組みとして、「ソーシャルネット」という機能(サービス部品)が組み込まれていた、と解釈しています。

キャズム論でmixiを
これはキャズム論的なシナリオによく当てはまる事例だとも思います。(以下、専門的内容になりますが)つまりmixiはホールプロダクト開発・提供においてキャズムを超えることに成功したと。それは、招待・リンク(マイミク)・メッセージ・日記・コミュニティ・レビューなどの一連のサービス部品の集合体(=ホールプロダクト)として、致命的に欠けていた部品が無かったからだ、という理解をしています。

ブログとmixi
日記+SNの提供価値
そして「日記コミュニティ」と考えるならば、こういう捕らえ方も出来ます。「ブログを書く」「友人のブログをRSSリーダーで購読する」という一部の先進的ユーザにしかできなかったこと(とくに後者について)を、多くの人にとって身近なことにした。

正確にいうと、ほぼ同じ価値(友人との日記コミュニケーション)を、違う手段(ブログ+RSSか、日記+SN(S)か)で提供したということであり、その機能はより簡単になっており、さらに、「より本質的価値そのもの(※)を提供している」ということ。詳しくは後述の「破壊的技術」論にて。

※「ブログで出来ること」は「日記」だけでなく、「ジャーナリズム」「ニュースサイト」「企業サイト」など広範囲にわたります。しかし「友人との日記コミュニケーション」という提供価値に軸足を置く場合、それら多くの「できること」は、無駄な装飾であり、本質を伝える障害に過ぎません。"less is more"というか、プロダクトに「不要な機能は無いほうがよい」のです。
※より少ないシンプルな機能で競争する37signals


「破壊的技術」論でmixiを
7千万ネットユーザの大部分にとって複雑怪奇な「ブログ」「RSSリーダ」という技術の組み合わせを、より簡単な「日記」「SN(S)」の組み合わせで可能にした。これは、(少しこじつけると)「イノベーションのジレンマ」で論じられる「破壊的技術」と言えなくもありません。

つまりmixiは「ブログ&RSSリーダ」という技術(のセット)に対する破壊的技術になっているのではないかと。

2年前に書いた記事においては、まさかそういうことになるとは思いませんでした。しかし「ブログ」を代替するものが「日記」だというのは、「より低級なものでの代替」という「破壊的技術」論の通りでもあります。当時は考えもしませんでした。
※ブログの終焉:集中(検索エンジン)と分散(ブログ)の相補関係の進化 (自分で書いた文章ですが2年前に考えたことと現時点で考えていることは大きく違いますね。いま風に表現するとweb2.0的な世界観で書いている部分は変わってないです。しかし「ブログに対する破壊的技術」として予想していたものはキャズムを超えませんでしたねー。正直、2年前の私の構想力では読みきれなかったところ)

なお、現状では「ブログが日記を置き換えた」とはなっていません。誤解のないように説明すると、「ブログを書くこと」+「RSSリーダで読むこと」という技術の組み合わせによって提供されていた「友人との日記コミュニケーション」という提供価値が、「日記+ソーシャルネットワーキング」という(技術セットとしての)破壊的技術によって代替された。そして、その技術セット(=依然として単なる技術、単なる機能にすぎない)だけでなく、必要な技術を網羅(※)することで、提供価値・ホールプロダクトとして、多くのユーザに受け入れられるだけのプロダクトになっていた、ということ。決して「ブログが日記を置き換えた」という主張ではありません(そうなっていないのは誰の目にも明らかだし)。これも言うまでもありませんが、「友人との日記コミュニケーション」ではない部分では、ブログのほうが有利な場合も多々あるでしょう(※)。

補足
必要な技術を網羅すること
ミクシィ社自身では、「まだ完璧には程遠い」と考えていることでしょうけれども。「友人との日記コミュニケーション」について、私はいちユーザとして現状でも満足(=というのがホールプロダクト)です。もちろん発展の余地はありますし期待しています。

ブログと日記の比較について
ブログと日記を単純に優劣つけることはできいない。あくまで提供価値(という目的)に対して機能(という手段)は評価されるべきです。提供するもの(という評価軸)が違うなら、機能の優劣は逆転する場合もあるということ。

「友人との日記コミュニケーション」について
「友人との日記コミュニケーション」ではない部分では、ブログのほうが有利な場合も多々あるでしょう。

以前、コミュニケーションツールのポジショニング・マトリクスを考えたことがあります(それは単なる「分析」であって付加価値を生まないけど)。どういうものかというと、横軸に「messaging vs publishing」という軸をとります。これは完全な「1対1(親密さも含む)」から完全な「1対多(公=public)」までの緩やかな分布の軸です。縦軸に「sync vs async」という軸をとります。これは完全な「同期(リアルタイム性、相手を拘束)」から完全な「非同期(非リアルタイム、相手は好きなときに受信)」までの緩やかな分布の軸です。こういうマトリクスにいろいろなコミュニケーションツールをプロットしてみました。

そのマトリクス上で「ブログ」は「async publishing」となりました。「日記」は「async ややpublishing」となりました。「mixi(日記+SN)」は「ややsyncぎみasync ややmessaging」となりました。
※言うまでも無く「正解」はありません。どこにプロットするかは個々人の解釈あるいは分析意図によるので、正解はありませんが、私にとってはこういう分析(プロッティング)でした。

で、何が言いたいかというと、「日記には無い、ブログならではの価値」というのは、そういうところにあるのでは(それが唯一ではないかもしれないけど)ということを考えました、と。

つづく


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- | 11:54 | comments(2) | trackbacks(0)

        

コメント

今回ゲストの石橋です。
>Ebihara様
いつもありがとうございます。ZEROBASE, Inc.のコーポレートキャッチを
「クリエイティブ+エンジニアリング+ビジネスプランニング=トータルデザイン」
としました。トータルデザイン力をどんどん世の中に提供していきたいなと思っています。今後とも宜しく御願い致します。

石橋秀仁 | 2006/03/16 4:22 PM

サービスデザイン論、大変参考になります。
常々思っていたことや巷で議論されている事が網羅されている感じがしましたが、イノベイションのジレンマへの展開は見事です。続きが楽しみです。

Ebihara | 2006/03/13 5:05 PM

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